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バンコクで出会う仏像

 

バンコクでは仏像にふんだんに出会うことが出来ます。

 

仏像には、まずお寺(ワット)で出会うことが出来ます。次に街を少し歩き回ると、御土産屋さんでも、たくさん売られているのをすぐに見ることが出来ます。また、街のなかの画廊でも絵の題材として「仏」が取り上げてあります。アンティークショップでもその品揃えの中心は、仏像です。さらには職場でも、個室で仕事をしているクラスの人たちの部屋には、おおむね仏像が祭られています。レストランや食堂でも仏像が必ず祭られています。そして商店でも仏像は部屋の高い場所に据えられています。

 

仏教では、仏像は祈りをささげる対象ではなく、仏の教えを思い出させるシンボルとして位置づけられている、そうです。仏像への礼拝は、願い事をするためではなく、仏の道を説いた仏陀への敬意を表していると聞きました。しかしながら、現実には、タイでも仏像に対して長いこと祈りをささげている姿を見ますし、仏像に超自然的な力を期待している傾向は否めません。

 

タイで見る仏像は、日本の寺で見る仏像とはやや雰囲気が異なっています。日本の奈良・京都・近江で出会う仏像たちは、それぞれ個性的で、一つ一つの仏像が特徴ある姿と容姿をしています。一つ一つの仏像の顔が異なり、違う人たちと出会ったような印象を受けるのが日本の仏像です。タイでは、仏像は様式化されており、どの仏像を見ても差が少なく、個性が少ないと感じます。その原因は、日本は大乗仏教のために、観音菩薩、地蔵菩薩、阿弥陀如来、大日如来などが仏像の対象となります。仏像の対象となる仏が、たくさんの種類がある上に、それぞれの制作年代や仏師の所属する流派の違いなどが反映されています。一方、タイでは上座部仏教のために、菩薩や如来はなく、仏像は釈迦の姿を刻んだものです。制作年代は異なってもその仏像もきわめて様式化されており、かなり見慣れてこないと差が見えてきません。

 

タイに来てしばらく仏像を見て歩いたのですが、どの寺にどんな仏像があったか、あまり記憶に残りませんでした。しかし、さらに仏像を頻繁に訪ね歩くうちに、一見似たように見える仏像も、だんだんと違いが分かるようになってきました。とくに、仏像の見方を大きく変えるきっかけは、LAO BUDDHA: THE IMAGE AND ITS HISTORY Somkiart Lopetcharat著、S.O.M. international Company Limited発行)という本を購入してからです。この本は、タイ北部・東北部とラオス(旧ラオス王国の範囲)の仏像について解説し、455枚もの写真が掲載されています。この本で見ることが出来る仏像は、バンコクやアユタヤ、さらにはスコタイなどで見た仏像とは雰囲気が大きく異なっています。とくにその顔の表情が個性的で、様々な「顔」に出会うことが出来ます。

 

 

写真1 Lao Buddha の表紙

 

写真2 1827-1893の後期の解説扉絵

 

写真3 後期の様々なスタイルの仏像

 

この本に載っているような仏像は果たしてバンコクで見ることが出来ないのだろうか、と疑問に思い、いくつかの、バンコクのお寺の仏像を注意深く見て歩きました。その結果は、結構多数の個性的な仏に、出会うことが出来ることがわかりました。ちょっと視点を変えただけで、今まで関心を向けなかった仏像群が、実はそれまで頻繁に訪れていたお寺に興味深い対象となってこちらを待っていることが分かったのです。

 

下の写真がその中から選んだものです。

 

写真4 ワット・スタットの回廊の黒仏陀

 

写真5 ワット・スタットの回廊

 

写真6 ワット・スタット本堂の大仏下の仏像その1

 

写真7 ワット・スタット本堂の大仏下の仏像その2

 

写真8 プー・カオ・トン(ゴールデン・マウント)ふもとの仏像

 

20051119日 記